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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)1482号 判決

本訴原告・反訴被告

東洋株式会社(以下、単に「原告」という。)

右代表者代表取締役

東和義

右訴訟代理人弁護士

富永俊造

本訴被告・反訴原告

大阪資生堂株式会社

(以下、単に「被告」という。)

右代表者代表取締役

丸山昌宏

右訴訟代理人弁護士

玉生靖人

藪口隆

植村公彦

主文

一  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  原告は、別紙物件目録記載の建物に立ち入るなどして被告の右建物に対する占有を妨害してはならない。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴

1  請求の趣旨

(一) (主位的請求)

原告と被告との間で平成八年一二月一三日付けでなされた停止条件付食堂運営委託契約が存在していることを確認する。

(二) (予備的請求)

被告は、原告に対し、平成一〇年四月一日から平成一二年三月三一日まで一か月金二二六万円の割合による金員を支払え。

(三) 第(二)項につき仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨

二  反訴

1  請求の趣旨

主文第二項同旨

(平成一〇年二月一九日に提出された反訴状の請求の趣旨には、「原告は、平成一〇年四月一日以降、別紙物件目録記載の建物[以下「本件建物」という。]に立ち入るなどして被告の右建物に対する占有を妨害してはならない。」というように将来の給付の訴えの形で記載されているが、本件口頭弁論終結の日[平成一〇年一〇月二三日]において既に右平成一〇年四月一日が経過している以上、右請求の趣旨は当然に単純な給付の訴えの形に改められたものと解される。)

2  請求の趣旨に対する答弁

被告の請求を棄却する。

第二  当事者の主張

一  本訴請求について

1  請求原因

(一) (契約締結)

原告は、平成八年一二月一三日、被告との間で、原告が本件建物内の被告社員食堂の改革についてのコンペ(以下「本件コンペ」という。)で優勝することを停止条件として、平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結した。

(二) (優勝者の判断基準・判断方法)

(1) まず、被告は、平成八年一二月一九日、原告に対し、原告、株式会社全食(以下「全食」という。)、株式会社魚国総本社(以下「魚国」という。)の三社で本件コンペを行うことを通告し、食堂システム改革案の作成要領として、最低限、(イ) 改革の基本的考え方、(ロ) 改革案の中味(ソフト・ハード面、費用見積りも含む。)、(ハ) 実施までのステップ(優先順位)を折り込むよう要求した。よって、本件コンペにおいて優勝するには、最低限右(イ)ないし(ハ)が記載されていることが必要である。

(2) 改革案に右(イ)ないし(ハ)が記載されていることが確認されれば、次に内容の実質的判定に入ることになるが、被告が社員食堂の抜本的改革、すなわち現行の食堂システムを全面的に見直すことを要求している以上、改革案の内容は、現行食堂システムを改革するものでなければならない。そのためには、① 食堂システムの現状分析がなされていること、② 食堂システムの現状のいかなる点をどのようなシステムに改革するかということが記載されていること、③ その理由が説得力ある内容で記載されていること、④ 改革案の内容が実行可能な具体的提案であることが必要である。

(3) 右(1)及び(2)の判断は、客観的・合理的な判断に基づかなければならない。すなわち、判定者は、個人的好き嫌いを超えた客観的合理的判断(普遍基準)によって、本件コンペの優勝者を判定しなければならない。

被告の判定裁量権は、本件コンペの成果に客観的合理的判断を加えても優劣をつけ難いときにのみ行使できる限定的なものにすぎない。

(三) (条件成就―平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約の存在)

以下のとおり、原告が本件コンペで優勝するとの停止条件が成就したから、原告と被告との間では、平成一〇年四月一日以降、被告社員食堂運営委託契約が存在する。

(1) 原告、全食、魚国は、それぞれ、被告に対し、被告社員食堂の改革案を提出した。

(2) 前記(二)の優勝者の判断基準・判断方法に従えば、各改革案の中で原告の改革案が最も優秀であるので、原告が本件コンペで優勝するとの停止条件が成就した。

① 原告、全食、魚国の改革案を分析した結果は、別紙「社員食堂抜本的改革企画評価比較表」記載のとおりである。

これによれば、原告の改革案は、(イ) 改革の基本的考え方、(ロ) 改革案の中味(ソフト・ハード面、費用見積りも含む。)、(ハ) 実施までのステップ(優先順位)のすべてが記載されており、前記(二)(1)の要件を満たしている。

これに対し、全食の改革案は、(イ)については、職場のレストラン化と記載されているのみであり、(ロ)については、コンセプトがないに等しく、せいぜい厨房器具の入替えの提案にすぎず(配置図すら添付されていない。)、(ハ)については、記載がない。また、魚国の改革案は、(イ)については、社会の食堂に対するニーズの変化には触れているが、被告社員食堂に適用した場合の具体的な記載がなく、(ロ)については、コンセプトがないに等しく、喫茶室を除き、改修(改善)程度にとどまるものにすぎず、(ハ)については、記載がない。

② そして、原告の改革案は、現場調理、セントラルキッチンシステムの長所・短所を比較した結果、現場調理が被告食堂に適しているとの判断に立ち、食事の提供方式としては、二階は定食方式を、一階はカフェテリア方式を基本とし、さらに、コンビニ方式(コンビニ弁当をテイクアウトして好きな箇所で食事するという方式)を併設することにより、各年齢層の要求に対応できるように配慮しており、大幅なシステム改革を目指すものである。

これに対し、全食・魚国の各改革案は、現状のシステムである現場調理・定食方式をそのまま採用しており、システム改革といえるものが存在しない。

(四) (債務不履行)

前記(三)のとおり、各改革案の中で原告の改革案が最も優秀である。にもかかわらず、被告は、最も劣った全食の改革案を最も優秀であるとして、同社との間で平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結した。

これは、前記(一)の契約による平成一○年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を原告以外の者と締結してはならない義務に違反しており、債務不履行に当たる。

(五) (不法行為)

被告は、原告との間で前記(一)の契約を締結しておきながら、自ら明示した本件コンペの判断基準(前記(二))を否定又は濫用することにより、原告の改革案が最も優秀であるにもかかわらず(前記(三))、最も劣った全食の改革案を優秀であるとして、同社との間で、平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結し、原告の被告社員食堂運営委託契約上の地位を故意に奪ったものであり、これは不法行為に該当する。

(六) (損害)

原告は、平成九年二月から平成一〇年一月までの一年間に、被告社員食堂の委託経営により、二七二三万六三四〇円の利益を得たので、一か月当たり二二六万九六九五円の利益を得たことになる。

したがって、被告の右(四)の債務不履行又は(五)の不法行為がなければ、原告は、平成一〇年四月一日以降も一か月当たり二二六万円の利益を得られたはずである。

(七) よって、原告は、被告に対し、主位的に、停止条件付食堂運営委託契約に基づき、同契約が存在していることの確認を、予備的に、右契約の債務不履行又は不法行為に基づき、平成一〇年四月一日から平成一二年三月三一日まで一か月二二六万円の割合による金員の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)(契約締結)の事実は否認する。

被告は、原告、全食及び魚国に被告社員食堂のシステム改革案の提示を依頼したが、原告主張のコンペなるものを行ったことはない。右システム改革案の提示依頼の目的は、被告の食堂システム改善の参考にすることと、食堂改革の企画提案を受けることにより、企画提案会社の姿勢や考え方等を見て、被告の考える食堂システム改善に最もふさわしいパートナーを選ぶ参考にすることであって、それ以上に、被告が提示された企画案をそのまま採用することを合意したり、原告が最も優れた企画案を提示することを停止条件として平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結したということはない。

(二) 同(二)(優勝者の判断基準・判断方法)の主張は争う。

被告社員食堂の改革案の優劣を判断するのは被告であるし、このような社員食堂の改革案の優劣や被告の食堂システムの改善において何が適しているかという問題は、裁判所に判断を求めるべき事項ではない。

(三) 同(三)(条件成就―平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約の存在)のうち、(1)(原告、全食、魚国による改革案提出)の事実は認め、(2)の主張は争う。

全食の改革案は、原告の改革案に比して数段優れており、被告社員食堂のシステム改革に最も適したものである。

(四) 同(四)(債務不履行)のうち、被告が、全食との間で平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結したとの事実は認め、その余の主張は争う。

(五) 同(五)(不法行為)及び同(六)(損害)の事実は否認し、主張は争う。

二  反訴請求について

1  請求原因

(一) 被告は、本件建物を所有している。

(二)(1) 被告は、原告との間で、本件建物内の被告社員食堂について以下の内容の運営委託契約を締結した(以下「本件委託契約」という。)。

目的 被告は食堂、厨房の諸設備及び什器備品を無償で原告に貸与し、給食に必要な賄材料を提供し、原告は調理を行い、良質廉価で衛生的な食事を提供する。

契約期間 平成二年四月一日から二年間とし、期間満了の三か月前までに被告、原告のどちらからも申出がない限り、自動的に期間が延長される。

(2)① 本件委託契約は、平成四年、平成六年、平成八年の各四月一日に契約期間が延長された。

② 被告は、平成九年三月二八日、原告に対し、本件委託契約を平成一〇年三月三一日をもって期間満了により終了させるとの意思表示をした。

③ よって、本件委託契約は平成一〇年三月三一日をもって終了した。

(3) しかるに、原告は、被告との間で、原告が被告社員食堂の改革についてのコンペ(本件コンペ)で優勝することを停止条件として、平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結し、かつ、原告がコンペで優勝したから、原告と被告との間で被告社員食堂運営委託契約が存在している旨主張して、同契約の存在確認訴訟(本訴)を提起している。このことからすれば、原告は、現在も本件建物内に立ち入るなどして、被告の本件建物に対する占有を妨害する可能性が高い。

(三) よって、被告は、原告に対し、所有権に基づく妨害予防請求権に基づき、本件建物に立ち入るなどして被告の本件建物に対する占有を妨害しないことを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(二)の(1)及び(2)①の事実は認めるが、(2)②の事実は否認する。

(二) 同(3)のうち、原告が、現在も本件建物内に立ち入るつもりであることは認め、右立入りが被告の本件建物に対する占有を妨害するものであるとの点は争う。

3  抗弁

前記一1(本訴請求の請求原因)の(一)ないし(三)のとおり。

4  抗弁に対する認否

前記一2(請求原因に対する認否)の(一)ないし(三)のとおり。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本訴について

仮に、原告が平成八年一二月一三日に被告との間で原告が被告社員食堂の改革についての原告主張のコンペ(本件コンペ)で優勝することを停止条件として、平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結したとの事実が認められたとしても、本件コンペにおける優勝者が誰であるかを判定するのは本件コンペを行ったという被告であるということにならざるをえないところ、原告の主張自体、被告は原告が本件コンペの優勝者であると判定しなかったというのであるから、右停止条件が成就したとの事実が認められないことが明らかである。もっとも、原告は、判定者は個人的好き嫌いを超えた客観的合理的判断(普遍基準)によって本件コンペの優勝者を判定しなければならないとか、被告の判定裁量権は、本件コンペの成果に客観的合理的判断を加えても優劣をつけ難いときにのみ行使できる限定的なものにすぎないと主張し、各改革案の中で原告の改革案が最も優秀であるので、原告が本件コンペで優勝するとの停止条件が成就し、あるいは全食との間で平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結した被告の行為は債務不履行又は不法行為に該当する旨主張する。しかしながら、原告の各請求を認容する前提として、原告、魚国及び全食が各提出した被告社員食堂改革案の優劣を比較し、原告の改革案が最も優秀であるか判定するとすれば、改革のコンセプト、メニューの内容・種類・価格、食事の量、栄養面からの配慮、食堂利用者の様々な嗜好への対応、食堂施設の配置・デザイン、厨房設備の内容、什器・備品の内容、残食の処理方法、衛生対策、改革実施に必要な費用、改革の実施手順など種々の要素を総合的に考慮しなければならないから、このような被告社員食堂改革案の優劣の判定は、その性質上法令を適用することによっては決しえないところであり、裁判所の審判を受けるに適しない事項というほかない(裁判所法三条参照)。

このように、原告の各請求を認容する前提問題となる、原告の改革案が最も優秀であるとの事実の存否が裁判所の審判を受けるに適しない事項である以上、当裁判所としては、右事実を認定することができないことになり、したがって、右事実を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないということになる(なお、最高裁昭和五六年四月七日判決・民集三五巻三号四四三頁は、信仰の対象の価値ないし宗教上の教義に関する判断が請求の当否を決する前提問題となっている場合につき、法律上の争訟に当たらないことを理由に訴え却下の判決をすべきものと判示しているが、本件は右とは事案を異にするものである。)。

二  反訴について

1  原告は、請求原因(一)の事実(被告による本件建物の所有)を明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

同(二)の(1)(本件委託契約)及び(2)①(本件委託契約の期間延長)の各事実は当事者間に争いがなく、(2)②の事実(本件委託契約終了の意思表示)は、証拠(甲二、二四、乙九)により認められる。

同(二)(3)の事実については、原告が、被告との間で、原告が被告社員食堂の改革についてのコンペ(本件コンペ)で優勝することを停止条件として、平成一〇年四月一日以降の被告社員食堂運営委託契約を締結し、かつ、原告がコンペで優勝したから、原告と被告との間で被告社員食堂運営委託契約が存在している旨主張して、確認訴訟(本訴)を提起していることは当裁判所に顕著な事実である。そして、原告が、現在も本件建物内に立ち入るつもりであることは当事者間に争いがない。

そうすると、原告は、現在も本件建物内に立ち入るなどして被告の本件建物に対する占有を妨害するおそれがあるということができる。

2  反訴請求についての原告の抗弁は、本訴請求の請求原因(一)ないし(三)と同旨であり、被告社員食堂改革案の優劣の判定が裁判所の審判を受けるに適しない事項であることは、前記一で説示したとおりである。したがって、原告の改革案が最も優秀であるとの抗弁事実の存否が裁判所の審判を受けるに適しない事項である以上、当裁判所としては、右抗弁事実を認定することができないことになるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁は理由がなく、被告の反訴請求は理由があることになる。

三  結論

以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これらを棄却し、被告の反訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野武 裁判官石井寛明 裁判官石丸将利)

別紙物件目録〈省略〉

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